墨・書道用品Q&A

投稿者のアーカイブ

液体墨の寿命はどのくらいですか。

2016年9月26日 月曜日

膠を原料にした液体墨は、塩分で加水分解を抑えていますが、完全に止めることはできません。

2年程度を目安にしていますが、保存環境に左右されます。中には30年近く長生きした物もありました。

凍結を繰り返しますと、品質は早く劣化致します。条幅用No1~3、この製品群は、塩分が含まれておりますので通常では凍結の恐れはありません。

合成糊剤を原料とした液体墨は、加水分解されにくいので5年以上の寿命があります。

ただ凍結防止剤は含まれておりますが、過度の低温(マイナス20程度)で凍結致しますと極端に劣化致します。

冷凍庫などにいれて凍結させないで下さい。

筆の締まりの良い墨と悪い墨がありますがどうしてですか。

2016年9月26日 月曜日

墨は「煤と膠」を練り合わせ、固めて乾かしたもので、製法的には殆ど完成されています。

筆のバランスのとれた締まり具合いは、平均的な配合から申しますと、練りと均一な膠の溶解技術に原因があります。

複数の性質の違う膠を、如何に均一に溶解するかが墨造りの最も大切なことなのです。

見かけの溶解と真の溶解には大きな差が出て参ります。

言葉で表現することは難しいのですが、どぼどぼした溶解液と油のように滑らかな流れの良い溶解液とでは、煤と練り合わせる時に影響を与えます。

締まりの悪い墨は、暢びや紙への浸透性も悪く、淡墨の時には濁りが出て参ります。

膠の溶解が不均一で、煤との練りに手抜きがありますと最悪の墨となります。

ただ原料の膠、煤とも毎回同じ品質とは言い切れませんので、締まり具合いに微妙な誤差がでて参ります。

墨造りに従事する私達にとりまして、最も神経を使う点がご質問の点であります。

筆の締まり具合のバランスは、お使いになる皆様のお好みにもよりますが、締まり過ぎると筆さばきに難がでて参ります。

出来の良い墨は、新墨のうちは締まりが強いものですから筆さばきに重さを感じますが、製造後3~5年経過してお使い戴ければ、この重さも消え使い易くなります。

この原因は墨造りに必要な膠の量と書く時に必要な膠の量に差があり、造るための量が少し多いことに起因します。

この時の新墨は、20%近くの水分を内蔵しておりまして、3~5年の間に加水分解により余分の膠が分解して、書く時に適した膠量になるためです。

詳しいことは「墨の枯れ」Q18の項ご参照下さい。

大文字と小文字では、墨を使い分けた方が良いのか、適性を知りたい。

2016年9月26日 月曜日

大変難しいご質問で、お答えが適正であるかどうか自信がありませんが私の考えを申します。

大文字でも小文字でも同じ墨が使えます。

色のお好みは個々の感性によるものですが、作品をどの位置で鑑賞するかによって変わるのではないかと思います。

大文字は少し離れて鑑賞するでしょうし、小文字は近付いて鑑賞すると思います。

大文字の場合は少し粗くても黒味の冴えたものが、そして小文字の場合はキメの細かい暢びのある墨が良いように思います。

同じ墨でも硯の鋒鋩の違いや磨るときの力の入れ加減、また水の温度によっても表現が変わります。

製造過程での練りの多寡による紙への影響については。

2016年9月15日 木曜日

墨造りの最も大切な点は、如何にして均一な膠液を造るかと言うことと、均一に練り上げるかと言うことです。

墨の善し悪しは煤によることもありますが、膠が最も大切です。

膠はコラーゲンを含むゼラチンを主成分としたタンパクの一種です。

墨は膠の持つ特性を利用したものです。

その膠の特性とは、

 ①水温が18以下になりますと急激に増粘し、ついにはゼリー状に固まります。

   これをゲル化すると言います。

   ゲル化温度は膠により異なります。

 ②蛋白質ですので、水中では急激に膠の高分子の鎖が切断され粘度低下を起こし、酸化作用により   炭酸ガスと水に変化致します。

   これを加水分解と言います。

 ③動物性蛋白質ですから細菌の最高の食料であり、非常に腐敗し易い物です。

今回のご質問にお答えするためには、膠という接着剤の持つ3つの性格(ゲル化する・加水分解を受ける・腐敗し易い)が大変重要になります。

墨造りを冬場に行いますのは、ゲル化を利用して墨の内部から水分を抜き、均一に締め上げるためですし、空気中の雑菌が少なく、その繁殖を抑えることができるためです。

また、加水分解を遅らせるためには、均一に良く練り上げた墨でなければなりません。

練りの悪い、軽い墨を造りますと、空気の流通が良いため割れにくいのですが、湿気を吸い易く、加水分解により膠の分解が早いため煤の凝集が進み、墨の寿命を極端に縮めます。

このような墨は紙に書きましても、煤が微粒子にならず紙繊維への浸透が阻害され、ただ紙の上に煤が乗っている状態になり、墨色も悪く表具性も悪くなります。

墨の枯れは、自然界における蛋白質の分解の過程であり、この分解の過程においてその表現の変化を長く楽しむためには、加水分解をできるだけ抑えることが大切で、そのための墨造りは、均一な膠液で良く練り上げ緻密な墨を造り上げることが、大変重要であります。

良く練り上げられた緻密な墨の磨墨液は、紙への浸透も良く、煤が紙の繊維の奥深くまで絡み付き、冴えた墨色になりますし、表具性も格段に良くなります。

墨の香料は何でしょうか。

2016年9月15日 木曜日

墨の原料の一つである膠の匂いを消すために用いられた香料は、使う人の気持ちを落ち着かせるという副次的な作用もあります。

qa11

墨に使用する香料は刺激的な香りではなく、側に置いておくと、そこはかとなく香りが漂ってくるという幽香です。

昔は天然香料の甘松末・白檀・龍脳・梅花・麝香等を使用しておりました。

今では、合成香料の梅花・麝香等多種普及しておりますが、弊社では龍脳を主として使用しております。

墨の箱を明けた時に漂う香りは、振香(ふりか)といって包装時に箱に入れる香料の香りです。

墨を磨って初めて漂う香りが典雅を好む墨客に愛され、後に良墨は芳香を持つものとなったようです。

写真は、麝香鹿の香嚢です。この中に香料が入っています。

墨の保管はどうすれば良いのか。

2016年9月15日 木曜日

「煤と膠」を原料とする墨は、日々の気候条件に順応して絶えず変化しています。

中でも膠は、湿気の多い日は水分を取り込み、乾燥した日は放出し、自然環境に順応して成長しています。

急激な温度・湿度変化、例えば、直射日光の当たる所、湿気の多い所、冷暖房機の風が直接当たる所は最も嫌う場所です。

四季の影響の少ない所、例えば、土蔵の中などは理想的ですが、現実的ではありません。

墨の桐箱は土蔵と同じ条件を持っています。

従って直射日光の当たらない引き出しの中や箪笥の中で湿気の少ない所が良いでしょう。

気密性の高い箱や水滴に水が入ったままの硯箱に長く入れることは良くありません。

カビや腐敗、割れの原因になりますのでご注意下さい。

購入時の墨の良否の見分け方は。

2016年9月15日 木曜日

お買い上げの際に、ご試墨をして戴けないことを申し訳なく思います。

墨造りの大切なポイントは、均一な流れの良い膠液を造ることと、煤と膠を良く練り合わせることです。

この基本的な作業ができていれば新墨としては及第です。

出来の善し悪しは製品の墨の肌に現れます。

墨の型は梨の木でできていますが、墨の肌に、この型の木目が写っていれば、練りの良く効いた墨と言えます。

また、墨は軽い方が良いとお聞きになったことがおありかと思いますが、これは古墨のことで、新墨で軽いふかふかした物は、練りも悪く流れも良くありません。

また、空気中の湿気を吸い易く命の短い墨色の汚い物です。

市場で販売している墨は、製造後5年以下の物が大半ですので、持ち重みのする墨肌の緻密な物をお選び下さい。

重くとも湿気の感じる物は良くありません。

墨に木目が写り、良く乾燥していて、持ち重みのする墨を選んで戴ければまず間違いはありません。

漢字用と仮名用の墨の違いを教えて下さい。

2016年9月15日 木曜日

一般的に仮名用(細字)・写経用は暢びの良い墨が好まれます。

そのため仮名用は、粒子の細かい植物性油煙を原料とします。

粒子が細かくなればなるほど煤の表面積が大きくなり、それだけ膠の必要量も多くなりますので、流れは良くなりますが黒味は弱くなります。

漢字用は黒味を大切にしますので、一般的には仮名用ほど細かい煤は使いません。

また、漢字用を仮名に使っても問題はありません。

現在の墨造りは、仮名用も漢字用も良く分散するようにできています。

仮名用の硯は小形の物が多いので墨も使い勝手が良いように小型の物を造ります。

作品造りの上で黒味を強く出したい時には漢字用を、黒味を押さえて品よく表現したい時には仮名用をお使い下さい。

また、仮名條幅用の場合は漢字・仮名の区別はあまりありませんが、素紙・加工紙に合うかどうかと墨色のお好みによります。

料紙など胡粉の強い紙には、それ向きの墨を用意しております。

ご相談下さい。

高価な墨と安価な墨の違いは何ですか。(7)

2016年9月15日 木曜日

現在も墨はすべて手造り品です。その価格は、原材料の価格差と造る職人さんの技量により大きく変わります。

安価な墨は、経験年数の少ない職人さんが造ります。

最もコストに影響するのは原料の違いです。学童用のKg当たり5~600円の煤から、手焚き油煙(植物性油煙)Kg当たり5万円前後の物まで、さらに高価な純植物性松煙などその差は百倍以上になります。

人件費・特に原材料費をベ-スに価格は決まりますが、それが墨の良否を決定づけるものではありません。

ただ安いからといって品質が悪いとお考えにならない様にお願い致します。

学童用の墨は、現在一番大量に造られている最もポピュラーな煤を原料としています。

少し根底の赤みは少ないのですが、大人の方の練習用にも充分使って戴けます。

墨の値段から申しますと最高品と最低品の価格差は、10倍程度ですから高級品ほど割安になります。これは人件費の差が原料費の差ほど大きくないためです。

相対的に粒子の細かい根底の赤みの強いものが高価な墨ですし、淡墨における透明感のでる墨は技術的にも難しく高価になります。

膠使用の液体墨と合成糊剤使用液体墨の比較について。

2016年9月15日 木曜日

ご質問にお答えする前に、なぜ合成糊剤使用の液体墨ができたのかをお話しします。

ご存じの通り昭和30年頃までは、液体墨と言えば墨汁しかありませんでした。これは膠と煤を練り合わせ、ニガリ(主成分 塩化マグネシウム)を大量に加え、液の比重を上げ、煤の沈殿を押さえると同時に塩漬けにすることにより膠のゲル化を防止し、さらにホルマリンで膠の腐敗を止めたものです。
この製品は和紙には向きませんが、吸い込みの少ない洋紙には黒光りして、絵の具の黒では出せない美しさを持ていましたので、非常に乾燥が遅いのですが良く売れていました。
反面、吸い込みの強い紙に書きますと皮膜を作る膠液が紙に吸いとられ、煤だけが表面に残り品の無い黒になり、おまけに乾燥が遅く、また、一度乾いても梅雨時分には空気中の水分を吸ってべたつく代物で、勿論表具のできるものではありません。

  戦後10年近く経過し世の中も収まり、書道を志す人も増え始め、学校教育にも書写が取り入れられるようになりました。
この時期に先生方から墨汁に代わる乾きの早い、和紙に適した墨色の良い学童用の液体墨を造るようにとのご依頼を沢山戴くようになりました。
これからの学校教育には、授業時間の制約上良質な液体墨が必要になる。日本の書写教育のために早急に開発するようにとのことでした。

膠は固形墨を造るためには、これほど重要で便利な材料はありません。科学技術の進んだ現在でも膠に代わり得る材料は無いのです。膠の持つ特質に、温度が下がるとゲル化するという性質があります。煮魚の汁が、冬の寒い日にゼリ-状ににこごり、大変おいしいことは皆様もご存じのことと思います。
これは魚の膠質が気温の低下でゼリ-化したものです。
この性質を利用して冬に固形墨を造ります。膠は蛋白質ですので、細菌の寒天培養と同じく、気温の高い時期に製造しますと空気中の雑菌を拾い猛烈な勢いで繁殖し腐敗します。
墨が厳寒期に製造されるのは、腐敗菌の繁殖を抑えゲル化強度を高め、墨の内部から低温乾燥し墨を均一に締め上げていくのが墨造りで、墨がこの世に生まれてから2000年以上になりますが、この原理は変わりません。日本における墨の故郷奈良では、冬の風物詩になっております。

qa06

「宿墨は使うな」とお聞きになったことはあるかと思います。
また、日本画ではその都度、顔料を膠で練ってお使いになっているのをご存じかと思います。これには原因があるのです。

膠は固形墨の内部に取り込んで乾燥しますと100年単位の安定した状態を保ちますが、水中では加水分解により、急激に高分子の鎖が断ち切られ粘性の低下が始まります。
また、腐敗による蛋白質の分解が始まると1日単位で粘性が無くなり、強烈な腐敗臭を発生し作品を台なしにする危険があります。
そのため磨墨液は、磨ったその日に使いきり、使った筆、硯はきれいに洗っておくことを教えているのが宿墨は使うなということなのです。
また、2~3日前に溶解した膠液で顔料を練って用いた場合は、近い将来に顔料の剥離が起こりますし、最悪の場合は作品から悪臭を発することもあります。
これ程取り扱いが難しいのが膠なのです。

このことからお解りのように、固形墨には最も適した材料である膠は、安定な液体墨を造るための材料としては、最も不安定な物なのです。
「すらずに書ける」液体墨の開発の最初は、勿論膠の二次処理から始まりました。

①ゲル化を止めること
②加水分解による粘度低下をできるだけ遅くすること
③腐敗を止めること

これが安定した液体墨を造るための条件です。当時から墨汁を造っておりましたので大体の目安をつけることはできました。
先ず、ゲル化温度の低い低重合度の膠(分子量の小さい低粘度の膠が最も安定)を探すこと。
それによりニガリ(塩化マグネシウム)の量を減らすことができ乾燥が早くなる。防腐処理を完全にする。
この開発を通じて、あらゆる膠の試験を繰り返すことにより、先代社長は膠の性質を会得し、かつ、液体墨の原料としての膠の物理的限界を感じたのかもしれません。
膨大な試作試験の結果、高濃度の練り墨状にすることにより、これまでに無い書道専用の液体墨として、すらずに書ける「墨の精練り墨」として発売させて戴きましたところ、法外のご好評を得て生産が追いつかず、お得意先様にご迷惑をかけながらも会社発展の大きな第一歩の開発となりました。
黒みはやや弱いものの淡墨では美しい色調が、以後の淡墨専用の「条幅用墨の精」に発展しています。

しかし、蛋白質の加水分解による粘度・分散力の低下は、薬物、機械の高度化でも自然の摂理には逆らえず限界があります。
塩分で膠のゲル化を抑えることが、より表具性を弱くし、その上加水分解による粘度低下により、煤の凝集が起こるのですから益々弱くなるのです。
ただ表現において、この蛋白質の分解の過程で芯と滲みのバランスが変化しますので、淡墨用としては面白いと思いますし表具も充分可能です。
膠を原料とした液体墨を普通の濃さ(固形分10%程度)以上の濃度で使い、表具屋さんに持ち込みますと、さすがはプロで一目で見分け、フィクサ-という合成樹脂製の固着剤をサッと吹き付け表具してくれます。
何のことは無い、この製品は固形墨と同じ天然膠で造りましたと売り込んでも、できあがった作品の上に、合成の皮膜がもう一枚乗るのです。表具屋さんで吹き付けてくれる合成樹脂の皮膜が、余白の部分まで飛び散り、時間経過と共に変色する紙に、曼陀羅模様が出るのではないかと心配しています。
表具屋さんにどうして見分けるのかを聞きますと、寝ている墨は危ない起きている墨は大丈夫と禅問答のような返事です。よくよく聞ききますと、紙が縮んで入れば大丈夫、縮んでいなければ危ないと解り納得しました。

先代社長は、練り墨はを開発する過程で徹底的に膠を研究し、液体墨の原料としての膠の物理的限界を感じたのでしょう。
ここに全く膠を使わない、新しい液体墨を造ろう。それはゲル化のない、加水分解もない、腐敗しない、そして表具のできる学童に使いやすい液体墨でなければならない。これが合成糊剤を原料とする液体墨の開発の始まりとなったのです。

手慣れた膠を使わないのですから、何から手をつけていいか皆目解りませんでした。
これまでの墨屋のカンだけでは手も足も出ないと考えた先代社長は、当時工業試験場の場長を務めていた兄に相談し、技術者を採用して開発を始めたのです。その頃は高分子科学もまだまだで、それほど種類も無かったと思います。

昭和33年頃にはポリアクリル酸ソ-ダ-を原料として、液体墨らしい物ができ上がりました。
膠を使いませんからゲル化もありませんので、ニガリも要りません。水中でも膠と比較できないほど安定です。
合成物ですからそれ自体の腐敗もありませんし、表具性も完璧です。夢のような材料ですが、ただ一つカ-ボンとの相性が悪いのです。墨屋用に造った原料ではありませんし、膠とは丸っきり性質も違います。
これまで使っていた町の鍛冶屋の混和機程度では皆目歯が立たず、6kgのカ-ボンを処理するのに1日掛かる始末で、それでも完全な分散ではありません。
一番大きな欠点は膠製品に比べ書きにくいことです。それでも珍しいのか少しずつ売れ始めました。
担当していた技術者は墨屋の将来に見切りをつけたのかやめていきました。
当時大学生で応用化学を専攻していた現会長は、まだ教養課程で何の知識もありませんでしたが、先代社長から次々に質問が参りました。文献を調べ、高分子化学の教授に意見を聞き、訳も分からず報告したものが、社長経由で現場にいくという始末で、この時から合成樹脂を原料とした墨液の開発が現会長の仕事となりました。

爾来40年近く、その間には大失敗もありお得意先、先生方に大変ご迷惑をかけたこともありましたが、改良に改良を加え、初期の液体墨とは丸っきり違う配合となりましたが、次々に新製品を世に出すことができ、会社発展の第二の開発となりました。
書き味につきましても、固形墨と比べれば今一歩の感がありますが、膠を原料とした液体墨に比べ遜色の無いところまで参りました。