墨・書道用品Q&A

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墨の造り方は中国も同じなのですか。

2016年9月15日 木曜日

「煤と膠」を原料とする墨の製法は、中国から伝来したものですから基本的には同じです。

しかし、その配合は長い年月の間に変わってきました。私はその原因は、水と民族の美意識の違いと考えます。

現在の日本の墨造りは、中国の明時代の影響を強く受けています。明代の墨が清の乾隆時代に代表される様な流れの良い、淡墨の美しい墨に変化したのは、中国の水の問題なしに考えられません。

中国の水は硬水で、私達軟水圏の日本人は、あの生水を飲みますと腹痛を起こすことが多々あります。

硬水は軟水に比べて、物を溶かしたり分散させたりする力は弱いものです。日本にも石鹸を使って泡のでない井戸水など硬度の高い水がありますが、それでも硬度は100以下の軟水なのです。

中国の水は硬度300以上の硬水です。この硬水に膠を均一に分散させるためには、分子量の少ない弱い膠を多く使う必要があったのです。

そして石のような硬い墨を造り、細かく磨ることが、硬水にうまく分散させるために最も大切なことでした。

中国の墨の造り方は煤と膠を練り合わせ、その墨の塊を大きな金槌で何百回も叩いて練り合わせるのですが、文献では何千、何万回(千杵・万杵)も叩いたと書かれています。

少しオーバーですが、叩くことにより膠はへたり(弱くなる)、粘度低下を起こします。その墨の塊を木型に入れ、テコの応用で人間の全体重をかけ、硬く締め上げて造ります。

そのため墨は非常に緻密にでき上がります。日本のような湿気の多い国では、この緻密さ故に気候の変化に順応できず、割れが多くなるのはそのためです。この時代の墨を日本の軟水で磨りますと、黒味は少し足りませんが、淡墨では透明感のある美しい墨色となります。

当社でこの淡墨の美しさを表現するために造り上げたのが、「大和雅墨」であり「百選墨」なのです。

この当時の、漢民族の美意識は完璧を美とするもので、陶磁器を見ても私たち日本人には少し暑苦しい感じが致します。

しかし、この時代に完成した紙、筆はそれ以後の書道用具の頂点に君臨しています。紙も筆も墨も硬水の下で、如何に滑らかに柔らかく書けるかを追い求めた、漢民族の美意識の極致なのかもしれません。

一方日本は軟水圏にあり、その水は良く物を溶かし分散してくれますので、比較的強い膠が使えますし、日本人の美意識は黒味の冴えた物、言い換えれば白黒のはっきりした物にすがすがしさを感じます。

また、墨もあまり石のように硬いと嫌がられ、滑らかに磨れてさらりとした書き味が好まれます。明墨の影響を受け、それ以後日本人の美意識に磨かれてきたのが和墨造りと言えます。和墨造りは煤10に対し膠6が標準であるのに対し、唐墨造りは煤10に対し膠10以上となります

大和雅墨とは何ですか。

2016年9月15日 木曜日

墨は普通の濃さ(固形分10%程度)以上でお使い戴くものと、淡墨(普通の濃さを20~30倍に薄めたもの)でお使い戴く場合があります。

淡墨用の墨は、墨色の冴えが大変重要になりますが、反面濃い状態では黒味がやや物足りなくなります。

この原因は膠の使用量の違いから起こります。黒味を強調したい墨に比べ、淡墨に使用する膠の量は1.5~2倍になります。

これは和墨と中国墨の膠の使用量の違いと考えて戴ければ良いと思います。当社の「大和雅墨」は、この淡墨使用の為に造りました一連の墨の総称であります。

中国の乾隆時代の墨の淡墨における透明感のある色調を基本に、日本人の美意識を織り込んでこれまで製造して参りました。

平成時代に入り、これまで使用して参りました膠が、日本にも中国にも無くなりましたので、これからの大和雅墨は、これまでの煙るような淡墨の美しさから、芯と滲みが比較的はっきりした透明感のある美しさに変っていきます。

原料事情により大きく変化致しますが、これまでに無い、平成の「大和雅墨」を目指して開発を進めて参ります。今後最も変化のある

墨となると思いますのでよろしくご愛顧賜りますようお願い申し上げます。

「大和雅墨」は昭和30年代初め、当時の和墨と区分する意味において、墨それぞれの特徴と色調(薄茶系、赤紫系、薄茶紫系、青系の黒、青墨、茶系の黒、茶紫系の黒等)を明記し19種類発売致しました。現在は原材料の都合で16種類になっています。

平成の墨の特徴について教えて下さい。

2016年9月15日 木曜日

墨造りの最も大切な点は、いかに均一な暢びの良い膠液を造るかにかかっています。これまでは分子量分布の幅の広い、適度に脂肪分を含んだ二次加工のし易い膠を、墨専用膠として専属業者が製造してくれておりました。

墨専用膠は外に用途も少なく、多品種少量生産を強いられますので、その規模は特殊技術をもった家業として代々受け継がれてきたのです。

それが昭和60年代までに環境問題・技術者の高齢化・3Kの重労働・後継者不足のため次々と廃業を余儀なくされ、現在に至ってはもはや安定供給は不可能になりました。

膠その物が無くなった訳ではありませんが、墨造りに最も適した専用膠が無くなったのです。

これまでの墨造りでは、専用膠2~3種類を配合し、一定温度の下に溶解時間(平均6時間、物によっては24時間以上)のコントロールで、容易に流れの良い膠液を調整できましたが、今では精製された分子量分布の幅の狭い膠を、墨の骨格造りに2~3種類、色出しに2~3種類、合計4~6種類が必要なため従来に比べ非常に複雑になっています。

また、組成の異なる膠の種類が多くなりますと、中には熱に弱い膠もあり、溶解時間のコントロールだけでは墨造りに必要な均一な膠液造りが難しく、新たな溶解技術の開発に取り組み、試行錯誤を繰り返しておりました。

平成5年にこの開発に取り組みまして、平成9年に基本的な膠配合、新たな膠の溶解技術によりこれまで以上に均一な膠液ができるようになりました。

この方法で造りました墨を「平成の墨」と呼び平成10年から販売をさせて戴きました。平成の墨の特徴は昭和の墨に比べ、多少誇張した表現になりますが、膠の薄い膜を一枚はがした様な風呂上がりのような墨色と言えます。

それだけに、もう一方の原料であります煤の持ち味をよりシャープに表現できますので、一煤煙一銘柄の原則を守り、個性のある墨造りを進めて参ります。

この研究の過程で皆様にご迷惑をかけておりました、墨の割れの問題、煤煙組成による新墨の発砲(アワ)の問題も大幅に改善することができました。

もとより墨色・書き味は、ご愛用戴きます皆様お一人お一人のお好みによりますので、原料環境の変化により開発して参りました平成の墨と昭和の墨をご試墨戴き、忌憚のないご意見・ご指摘を賜りますようお願い致します。