墨のQ&A
製造過程での練りの多寡による紙への影響については。
墨造りの最も大切な点は、如何にして均一な膠液を造るかと言うことと、均一に練り上げるかと言うことです。
墨の善し悪しは煤によることもありますが、膠が最も大切です。
膠はコラーゲンを含むゼラチンを主成分としたタンパクの一種です。
墨は膠の持つ特性を利用したものです。
その膠の特性とは、
①水温が18℃以下になりますと急激に増粘し、ついにはゼリー状に固まります。
これをゲル化すると言います。
ゲル化温度は膠により異なります。
②蛋白質ですので、水中では急激に膠の高分子の鎖が切断され粘度低下を起こし、酸化作用により 炭酸ガスと水に変化致します。
これを加水分解と言います。
③動物性蛋白質ですから細菌の最高の食料であり、非常に腐敗し易い物です。
今回のご質問にお答えするためには、膠という接着剤の持つ3つの性格(ゲル化する・加水分解を受ける・腐敗し易い)が大変重要になります。
墨造りを冬場に行いますのは、ゲル化を利用して墨の内部から水分を抜き、均一に締め上げるためですし、空気中の雑菌が少なく、その繁殖を抑えることができるためです。
また、加水分解を遅らせるためには、均一に良く練り上げた墨でなければなりません。
練りの悪い、軽い墨を造りますと、空気の流通が良いため割れにくいのですが、湿気を吸い易く、加水分解により膠の分解が早いため煤の凝集が進み、墨の寿命を極端に縮めます。
このような墨は紙に書きましても、煤が微粒子にならず紙繊維への浸透が阻害され、ただ紙の上に煤が乗っている状態になり、墨色も悪く表具性も悪くなります。
墨の枯れは、自然界における蛋白質の分解の過程であり、この分解の過程においてその表現の変化を長く楽しむためには、加水分解をできるだけ抑えることが大切で、そのための墨造りは、均一な膠液で良く練り上げ緻密な墨を造り上げることが、大変重要であります。
良く練り上げられた緻密な墨の磨墨液は、紙への浸透も良く、煤が紙の繊維の奥深くまで絡み付き、冴えた墨色になりますし、表具性も格段に良くなります。