墨の歴史 中国編
明 時代
明時代は、文化において豪華絢爛を示し、書の上でも文徴明・祝允明・董其昌などを輩出し、蘇州・杭州を中心に淅江文化が栄えます。
明末には、さらに倪元ろ・黄道周・張瑞図・王鐸・傳山などが華を咲かせます。
ことに万暦時代は、明末期にもかかわらず、文化の勢はすさまじく、 これを受けて墨も名品を生み出すようになります。
この時代の大きな特徴は、宋時代までは松煙墨が中心であったが、油煙墨となり、中でも程君房・方于魯が代表格で、このほか葉氏・呉氏・孫氏などがあり、歙州を中心にして一大製墨地帯が生まれるようになります。
この時代になりますと、墨造りも企業的となり、需要の増大から個人の名が後退し、家名・店舗名がクローズアップされるようになります。
程君房・方于魯は、その代表格とされています。
この二つとも墨譜といって墨の原型を図写したものが刊行されておりますが、程氏は『程氏墨苑』十二巻、方氏は『方氏墨譜』六巻で、『程氏墨苑』には、墨型の版画500図を精刻し、『方氏墨譜』は385図あります。
方于魯はもとは、程君房の支配人であって独立した人で、また新安には、万端生があり、『墨海』十巻を刊行しています。
さて、明時代を細分してみていきますと、宣徳(1426~1435)以前は、墨匠としては、査文迪・龍忠通が知られています。
宣徳年代では、清の万寿稘という人の 『墨表』によりますと、方正・邵格之を代表的な墨匠としてあげています。
嘉靖年代(1522~1566)は、万暦時代のように、墨銘がはっきりしたものが少ないようです。
極品・絶品・神品というような品質を表す題名が大半を占め、文様も単純で、墨匠の名もやや多くなり、代表格の羅小華を筆頭にして江正・汪海厓・汪南石・汪俊腎・汪懐泉・汪中山・項瑶などがあります。
明時代末期(1573~1644)になると、製墨は社会経済の発展をバックに一段と大規模となります。
名匠・名墨工が組織化され、企業家の管理のもとに生産をあげ需要にこたえようとする動きとなったのであリます。
製墨業は歙県・ぶ源県・休寧県に発展します。歙県は、羅小華から程君房・方于魯に、休寧は汪中山・邸青邱がもとで、汪氏・呉氏・葉氏に、ぶ源は、詹氏朱氏などに継承されました。
明末の麻三衡の「墨志」には、歙州の墨匠として120名をあげています。
この時代の墨は、製法はもとより用途から、きらに鑑賞墨にも幅広い展開をみせるようになり、古墨といえば明墨というように、代表的な意匠を確立するようになります。
「The 墨」 松井茂雄著(前墨運堂社長) 日貿出版社 より